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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)523号 判決

上告人

堀内繁幸

右訴訟代理人

山崎博太

被上告人

依田実

右訴訟代理人

湯本清

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人及び上告代理人山崎博太の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし肯認することができ、右事実関係のもとにおいて、原審が上告人に民法七一八条による損害賠償責任を認めたことは正当であり、また、上告人の過失を六割、被上告人の過失を四割として過失相殺した原審の判断を違法とすべき理由もない。論旨は、いずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤﨑萬里 団藤重光 本山亨 中村治朗 谷口正孝)

上告人の上告理由

一、上告人堀内繁幸は、被上告人依田実が惹起した本件事故について、これを直接に目撃していませんけれども、上告人が飼育していた犬は、平素おとなしく他人を咬んだことや、ほかに加害行為をしたことも一切ありません。

本件事故は被上告人が勝手に自分で転倒し負傷したものに相違ありません。

なお被上告人運転バイクに飼犬の毛が一部付着していたかどうかの問題について、それが飼犬の毛であるか否かの真偽のほかに、バイクが自ら転倒したあとに飼犬と接触した可能性も全く否定できないと思います。

二、本件事故現場は、定期バスの交通量が一日数本で、一般自動車の交通量も県道にしては比較的少なく、また、附近は住宅密集地域でなく、農村地帯と言うべきところで、近くにゴルフ場がある位ですので都会地の雑踏する中で、動物を飼育する環境とは相当異なると思います。

そして本件事故は、被上告人が普通の注意をしながら運転することによつて当然に避けることが容易にできたものであると思います。何故ならば被上告人は前方の見通しのよい現場で約四〇メートル以上手前で飼犬を発見していたので、あらかじめ犬に対する注意をすることができた筈だからでありますし、道巾5.35メートルの県道上ですから、わざわざ飼犬に至近して運転する必要は全くなかつたからでもあります。

被上告人は右の注意を怠り、あえて飼犬のごく近くを通つて運転しようとして、自ら運転の仕方を誤つて招いた一方的過失の事故でありながら、上告人の過失を認め、そのうえ上告人の過失を六割、被上告人の過失を四割と判定した控訴判決はいかにも不合理であり、上告人としては納得できる理由を見出すことができません。

三、以上の次第で、控訴審判決には理由不備、理由ソゴがあり、第一審判決が正当であると信じていますので、控訴判決を破棄されるよう求めます。

上告代理人山崎博太の上告理由

一、原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかになる法令の違背があるから破棄を免れないものである。

原判決は、「民法七一八条に則り、本件事故により控訴人(被上告人)の被つた損害の賠償責任があるものというべきである。」旨判示しているが、民法七一八条の規定は、動物がその有する危険な性質の発現行動にもとづいて加害した場合において、動物の占有者が損害につき賠償責任を負担する趣旨のものであると解すべきところ、本件事故は、上告人の占有する動物(本件犬)がその有する危険な性質の発現行動にもとづいて加害したものではなく、もつぱら被上告人が本件犬の動静を注視しないで、漫然とその至近した後側方を通過しようとしたために運転操作を誤り、その結果自らバランスを崩して転倒して発生した自損行為にもとづくものであつて、本件犬の行動と被上告人の事故との間に何らの因果関係はないものである。

二、即ち被上告人は、幅員5.35メートルの県道上を第二種原動機付自転車に乗つて毎時約四〇キロメートルのスピードで運転していたところ、約四一メートル前方で本件犬をすでに目撃していたこと、さらに約二五メートル進行したさい歩行者に向つて吠えかけている本件犬を認めたこと、それにも拘らずこれに特段の注意を払うことなく漫然と本件犬の極めて近接した後側方を高い排気音を立てながらかなりのスピードで通過しようとしたことが認められ、これは第一審ないし第二審の各判決において判示のあるとおりである。

このような場合、被上告人としては、本件犬の動静を注視しながら安全を確認して運行する方法をとるべきであり、例えば本件犬の手前で一旦停車してその動向を見きわめたうえで運転を再開するとか、最除行して何時でも停車できる状態にしておくとかの措置を講ずること、さらには本件犬をいたづらに刺激することなくできるだけ本件犬との間隔を保ちつつその側方を通過すること等に配慮すべきであつた。もし被上告人がこれらの注意を怠らないで車両運行をしていたならば、本件事故が発生しなかつたであろうことは容易に推量できるところである。

しかるに、被上告人はその注意を怠り、前記の通り運行したため、本件犬を刺激驚愕させたこと、そして本件犬をして被上告人運転車両と衝突する危険を感得させ逃避行動に出させたことについては同じく既に判示されている通りである。これはとりもなおさず、本件犬が被上告人に対し加害する行動をとつたものでないことを意味する。(高い排気音を立てながらかなりのスピード(毎時約四〇キロメートル前後)で被上告人と一体となり至近距離にせまつて突進してきた被上告人運転車両は、体重約一五キログラムの本件犬にとつては、生命の危険を感じる恐怖の物体に等しく、従つて加害されようとしていたのは本件犬のほうであり、むしろ本件犬が被害者だとも言えるのである。これが本件犬ではなく他の動物例えば猫であつた場合を想定するとなお一層動物側が被害者的立場に置かれるものであることが歴然とするであろうし、本件ケースでは、これが猫であろうと犬であろうと同じである。)

ところが被上告人は、本件犬の至近距離を通過しようとしたため、本件犬の逃避行動に対応できず、誤つてハンドル操作もしくは急プレーキ措置を講じ、被上告人が車体とのバランスをとることができず、自ら転倒したものである。(本件犬が被上告人運転車両と衝突すべくあえて自殺的行動に出たものでないし、本件犬が右車両を押し倒したものでもない。)

そうであれば、本件事故は被上告人の自ら招いた行為によつて損害を生ぜしめたものであり、上告人の占有する本件犬が被上告人に加えた損害と言うべきではない。

三、然るに原判決はこれを看過して民法七一八条を適用した法令の誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄されるべきであり、被上告人の請求はすべて棄却されるよう裁判を求める次第である。

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